誰が移動図書館を殺したか?

我田引用

全世界的な経済の行き詰まり感から、マルクスレーニン主義からケインズ理論に至るまであらゆる「古典」ともいうべき経済書が引っ張りだこのようですね。
最近の人気といえば、アダム=スミスの『国富論』。いわゆる“小さな政府ヲタ”“新自由主義”のバックボーンでありますし、特に最近はTPPがらみで話題のようで、TPP推進論者がことあるごとに引き合いに出してきますね。
これは、少し違和感。情報化も進みヒトも金もモノの流通も多くなり、技術移転も容易な現代において、18世紀(スミスの時代)をそのままお持込みすることは無理があるというもの。また、たしかに自由主義の立場からの関税の撤廃とかはスミスの語ることではありますが、その実“重商主義”はスミスが批判するところです。
このように、古典的“名著”などは、恣意的に勝手に解釈され、前後の脈絡とか全体の論旨に関係なく、引用する者にとって都合のよい部分だけを引用するのが常となってきました。
引用された部分・箇所はその部分だけを巡って局所的な議論や、引用の孫引きなどを産み、結果としてその箇所だけの独り歩きをはじめます。

改めて『市民の図書館』の戦略を

さて、前置きが長くなりましたが、今回は前回積み残した
“「移動図書館」を日陰者扱いした連中の悪口”
についてであります。
図書館運動の「戦略」を支えるべき「有効な戦術」であった移動図書館が、なぜ業界で“過去の遺物”扱いされてしまっているか、そこにはどのような司書の増上慢があったか、述べるにあたって、やはり

市民の図書館

市民の図書館

に触れないわけにはいかないでしょう。
たしかに、『市民の図書館』
を評して

戦略なき戦術文書

と云う向きもあったかと思います(出典は…う〜ん、忘れちゃったなぁ)。
「戦略」にあくまでこだわる人は、カール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』にはじまるプロイセン大日本帝国陸軍参謀本部にいたるまでの、過剰な演繹的思考、教条主義にこだわる方々と申し上げても差し支えありますまい。
カナダの経営学者ヘンリー=ミンツバーグは、

戦略は庭のトマトのように成長してくるのであり、温室のトマトのように栽培されるのではない。

と述べました。まぁ、このたとえであれば、大抵の大日本帝国臣民ならば“温室の建設”を“戦略”としてしまうことでしょうが(そして「大東亜戦争を目的化する)…
ただし、『市民の図書館』における戦術・作戦要務令・How to的な記述が充実していたことも事実。ただし、後述するように、戦術レベルでの勝利が最終的に戦略レベルで成功を収めたかと言えば、また別の問題です。
『市民の図書館』が本当に目指したものは
“あらゆる人々に図書館サービスを”
のため、
“児童へのサービス、全域サービス”
の充実を当面の重点目標にかかげたと思います(まぁ、自分の解釈ですが…)。

『市民の図書館』戦術レベルでは成功?

その一方で、同書は“戦術レベル”においては、
“赫々タル戦果ヲ挙ゲリ”
とされておりますが、私自身は“大本営陸海空軍部発表”とまではいかなくとも、“主催者発表”くらいに評価した方がいいと思います。
ちなみに、『市民の図書館』。日本図書館の最新の公式評価といえば、全国図書館大会2011多摩大会第一分科会開催の趣旨*1

1970 年に発行された『市民の図書館』は公共図書館の新しいモデルを提示し、多くの図書館の発展の基礎となった。資料提供とレファレンスサービスを基本の仕事と捉え、個人貸出の徹底、児童へのサービス、全域サービスを重点目標とした。40年の間に図書館の数、利用が増え、図書館サービスは拡大、浸透した感があるなか、貸出重視への批判、新たなモデルの必要性が多く語られている。

と、あります。
“40年の間に図書館の数、利用が増え、図書館サービスは拡大”
つまり「数量の増加」を功績としてあげてますが、「質の向上」は顧みることはなかったのでしょうかねぇ。
以前にも書きましたが

・『市民の図書館』は、“図書館(設置)運動”の牽引車であったか?
 http://d.hatena.ne.jp/hatekupo/20110804/1312465453

図書館の建設は、ハコモノ行政の一環であり、図書館設置運動が住民運動として成立したかといえば、

三多摩図書館運動は「市民運動」では語れない
 http://d.hatena.ne.jp/hatekupo/20110807/1312721979

のように、局地戦を除けば、見当たるものナシです。
貸出数の増加も、単純に図書館の絶対数が増加したことに加え、

・「市民の図書館」大躍進とモータリーゼーション。
 http://d.hatena.ne.jp/hatekupo/20110918/1316328050

図書館側が黙っていても、利用者が自家用車で乗り付け、大量の本を借りるようになりました。
また、図書館システムのコンピュータ化でお一人様あたりの貸出限度冊数も増やすことが可能になり、貸出資料数無制限の打ち出す館もでてきました。まさに“無料貸本屋大繁盛の図”です。
まとめれば

“貸出密度”が示すもの

そういえば、図書館経営において、選書論やサービス論など“戦術レベル”での議論はあきるほどねっちこくやってきた図書館界も“戦略レベル”で論じられる機会は少なかったと思います。
もしドラ*2”こと、

で一躍有名ドラッカーによると

公的機関に必要なことは、企業の真似ではない。
もちろん成果に対して評価することは必要である。だがそれらのものは、何よりも病院らしく、行政組織らしく、政府らしくしなければならない。
自らに特有の使命、目的、機能などについて、徹底的に検討しなければならない。

と、いうことですが、手段にすぎないはずの“貸出し”そのものが“使命”であり“目的”で“機能”とされている図書館界の方々(特に日本図書館協会幹部)には、あったのでしょうか?
彼等は、「貸出密度」という単位(尺度)を設けました。ご存じの方ばかりでしょうが、要は「貸出総数/住民数」つまり、住民一人あたり何冊貸出ししたか、ということです。
この数値が一見もっともらしそうでありながら、実は見かけ倒しであること、私は身をもって体験しています。
休日ともなれば、どこの図書館も駐車場は満車。カウンターには行列。司書にとっては“千客万来万々歳”となりますが、ここで“自力で来館困難なひとたち(運転免許・自家用車等をもたない、子どもや高齢者)”のことまで思いを馳せることができる司書はまさしく“ネ申”といっていいでしょう。
10年以上も前ですが、全住民のうち実利用者(ここでは、当該年度中に少なくとも一回以上の貸出のあった人をさします)の割合を調べてみました。
調べてみると本館と同じ小学校区の行政区では25%以上にも達します。この数値は図書館との距離に反比例的に低くなっていき、最低の場所では1%を切ることも。そして平均はたったの「5%」でした。
この結果をみて、私の中で何かが音をたてて壊れていくのを感じました。住民一人当たり7冊(つまり貸出密度7.0)以上を誇っていたはずの“市民の図書館”というものの崩壊。実は“140冊借りる全住民の5%(マイノリティ)”であったことです。
以後、私は勤務館を“市民の図書館”と呼ぶのをやめました。あくまで“利用者の図書館”であるとしかおもえなかったからです。

バブルの崩壊と移動図書館

平成元年12月29日東京株式市場大納会日経平均の最高額を叩きだしたことを頂点に、高度経済成長が終わり、ジュリアナ東京から扇子が消え、ワンレン・ボディコンとともに息をひそめると、図書館にも影響が出てきます。
ふたたび、ドラッカーですが、彼はその著書『チェンジ・リーダーの条件』で、次のように述べています。

これまで順調だった企業も、これからは何を行うかが問題になる。順風満帆に見えた企業が、突然危機に直面し、低迷し、挫折する。どこの国でも耳にする。
しかも、企業でない組織でも起こっている。むしろそういった組織のほうが、難しい問題に直面している。

右肩上がりの高度経済成長に支えられた、“市民の図書館”と“貸出し”は、リストラの対象にもなります。スクラップアンドビルドを妙に意識した幹部は、夏は暑くて冬寒く、資料回転の悪い「移動図書館」をリストラの対象とします。この段階で『市民の図書館』が掲げた重点目標である“全域サービス”は、すっかりどこかに飛んでしまっているワケですね。

誰が移動図書館を殺したか?

こうした中『市民の図書館』の生みの親である日本図書館協会は、こと移動図書館に関する限り徹底的な冷遇=ガン無視状態です。
たとえばその機関誌たる『図書館雑誌』で移動図書館が特集されたのは、『図書館雑誌』(Vol.92,No.4,1998)所載の特集「がんばれ!移動図書館」が最後で、これ以降10年以上も移動図書館の特集はありませんでした。
全国図書館大会から移動図書館がらみの分科会が削減され、全国移動図書館・協力研究集会が廃止されました。これらの“英断”により、移動図書館従事者相互の交流・研鑽の場は(日本図書館協会に関していえば)直接間接問わずチャンネルは途絶されたのです。
アメリカの経営学者マイケル・ピーターは、

戦略を脅かすものは、たいていは技術の変化や競争相手の行動など、組織の外から起きると思われている。外部の変化が問題となることも確かにあるが、ずっと大きな戦略への脅威は組織内から起きることが多い。

と述べています。
戦略としての『市民の図書館』。戦術レベルの「過大評価」が戦略そのもを崩壊させ、結果として戦略レベルの「過小評価」を産んだ、そう私には思えます

*1:http://www.jla.or.jp/rally/bunkakai/section1/tabid/244/Default.aspx

*2:どうやら映画化されたらしい。主演が前田の“あっちゃん”ではなく“ゆきりん”だったら、観に行っただろうに…