白い司書でも黒い司書でも…

ひとしきり、赤い彗星のごとく出現し、人気をあつめたブログ。

yuki_0の日記
 http://d.hatena.ne.jp/yuki_0/

この中で、ひさしぶりに愉しいものを読ませてもらいました。

・そろそろ民間は図書館にはそぐわない,って単純にいうのはやめようぜ
 http://d.hatena.ne.jp/yuki_0/20120723/1343003611

初見では、さすがに50まじかの中年男としては、そのはじけた感じについていけないものを感じました。年齢(トシ)だねぇ…
読み直すと、先刻の印象とは裏腹に、文体以上に理路整然としているし、地道な調査・研究に裏付けられたモノであることがわかります。
なによりもいいのは“キレイゴト”でなく、自分の言葉でしっかりと語っていることがいいと思います。

で、その内容ですが…
公共図書館の指定管理者問題については、
「百花斉放!百家争鳴!!」
が望ましいことはいうまでもありません。
ただ、私的に感想を述べますと、あまりこの種の問題、

  • 正規VS非正規
  • 直営VS指定管理者

という、「対決の構図」はいかがなものか、と思ってみたりします。
まぁ、「改革・開放」は
「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」
というスタンスがベストだと思います。
その点、
「白猫よりも黒猫よりも、鼠を捕らなくても、三毛猫はかわいい」
などと考える、私のような人間が一番ダメなのでしょうね。同時に白猫と黒猫がケンカをしたら、仲裁に入るのが三毛猫の役割かもしれません。
余談になりましたが、ならばその喩えになぞらえれば、
「良い図書館(猫)とは、何か?」
とか、
「捕まえる鼠(成果)ってなんだろう?」
私は、恥ずかしいことに「暫定解」はもっていても、それが「正解」であるという確信をもつには至りませんでした。日々自分なり努力をしてきたつもりではあったし、私費で20万近い受講料・交通費を自弁して研修に参加したこともありました。
しかし、顧みると、それなりに俸給をもらっている立場にありながら、知的には「その日暮し」であったことに思い当たります。その日その時が良ければいいという考え。定職あって先々の館界を考えなければならない正規職員が、研鑽・学習・予見に関しては日雇い並の職業観だったのです。
私は氏のいう“腐った尻”をもった司書でした。
自ら進んで腐ろうとはおもわなかったけど、自らの脆弱性(学習能力とか視野の狭さとか)から腐りやすい人間であったことも間違いありません。
自覚しているから、云われんでも尻はあげるし、その際は私なりにウォシュレットを使おうとは思っています。
次回あたりでは自分の体験から
「なぜ図書“官”はダメなのか」
について書いて見ようかと思っています。
それは、書く自分にも、読む各位におかれましても、不快な体験になるでしょう。
仕方がありません。
だって、「尻ぬぐい」ですからね。