救いようのない図書館界にて

いよいよ10月。このブログを閉鎖する月を迎えてしまった。
「閉鎖」というよりも、「休止」のほうが正しいかもしれない。私は亡き父との約束があって、退職後、病院図書館ボランティアをするつもりである。その際、ブログとかはてなダイアリーが存続しているかはわからない。が、ぜひそのときが来たら「復活」させたいと思っている。

もしもの図書館管理職?!

さて、ここで二つの「If」を考えてみた。一つ目は、公立図書館の「館長」とまで欲張らんでも「奉仕係長」とか「分館長」などの待遇で招じ入れられた場合である。
このようなチャンスに恵まれたならば、私は行政職としての経験を活かし、首長部局とのI&Rサービスに力をそそぐとともに、フロアワークを重視し利用者との対等な立場からの対話と、そこから導かれるヒント・教訓などを活かしサービスの向上に努めただろう。
もちろん、“ほどほどに”の範囲で
貸出し伸ばしゴッコ
を秘かに愉しみ、それなりの結果・成果を残せると思う。私には知見経験に裏付けられた自信がある。

もしものワープア?!

と、まぁ、このように大見得を切ると自信過剰なバカにしか見えないと思うが、そこで二つ目の「If」の場合。
これはどこぞの人材派遣会社とか指定管理者受託企業に「ヒラ(無論、時給制・有給休暇等福利厚生なしに等しい、時間給はその自治体の最低賃金)」で採用された場合である。この場合、上層部やウラに控えしクライアント=地方自治体にガンガン論争をふっかけ、さんざんやり込めたあげく「反抗的」とみなされ、一発でクビになる。なまじこれまでの経験とか知見の実績があると「道場破り」に走る。昔の「道場破り」では相手の主を倒してしまえばその「道場」をのっとることができるが、現在では「道場を破ったら雇用契約も破れる」ものと心得たい。かつてGF長官山本五十六は太平洋戦争の見込について

初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、2年3年となれば全く確信は持てぬ。

と云ったと伝えられるが、私の場合は

初め半年や1年の間は随分従順・服従に服務してご覧に入れる。然しながら、2年3年となれば全くダメだろうという確信はアリアリだ。

というのがオチ。まったくもって、これでは生活以前にお話にならないではないか。

この「格差」はなんだ

実は、ここまでバカなこと書いて、ようやく背筋が凍る思いがした。同じ「私」であっても待遇もなにもすべて大違い、“天国と地獄”以上の差ではないか。
が、現実にはこのような「格差」はありえる。
一定の立場・ポジションを得てしまえば、政策提言は歓迎されるし前向きな「ダメ出し」も許容されよう。
しかし「底辺」にあるライブライアンがそのような態度をとればどうなるか、まったくわかったものじゃない。
その氷山の一角を話そう。

マネージャーの交代と「第三の(人生の)男」

実は、勤務している職場に隣接している「図書館分館」のマネージャー格の委託さんが交代した。
最初は、いまひとつ感がぬぐえなかったものの、あるきっかけを通じてはりきっていたのに…
年度途中であるし、びっくりしたが、その年齢から察するに「寿退社」だと察していたのだが…
次の日、喫煙所に一人の男を見かけた。彼は図書館が直営オンリーだった時代に長く勤め(ていたワケだから私の「先輩・同僚」といっていい)、定年退職後は委託会社の図書館とかについての顔役になっているらしい。このブログでの私は過激なことばかりしゃべってるけど、職場では「上下関係」を重視する“昭和の公務員”でもあるから、相手から親近感をもって近づいてきた。
けれども、退職金で買ったというV8・3リッター以上のドイツ製高級車をよりによって車イス専用の駐車場に止めたのには立腹し、ナチの高官がメルセデスを愛用していたエピソードを思い出して反感は増すばかり(ヒガミのように聞こえるけど、「この野郎!山に出ろ!!」と、峠道走らせれば、我が6気筒の方が速いぞ。絶対。)。

使えないからクビ

件の“マネージャー”についてハナシが及ぶと、
「アイツはクビだ。使えなかったから…」
と、当然のように云う。
判官びいきで云うつもりはないが、私にとっては、

  • 少しばかりドンくさいところはあるが、常に礼儀正しく、笑顔の人であった。ま、「マネジメント」に欠けていても、図書館のカウンターを安心して任せられるかな
  • 足りない点は山ほどあるけど、育てればちゃんと伸びるな、コイツ

と、いう印象であったから驚いた。
その後の会話でやはり「マネジメント」に欠けたのが決まり手だったようだ。それはカイシャの判断だから仕方ないこと。でも、ならば本人に学習させるとか、指導するとか「再生」への道筋もあっただろうに。それでもダメなら「ヒラ」に降ろして使ってやればいいのに、と思う。思ったことはすぐ口に出してしまうのは私の悪癖。
すると、相手はさも不思議そうに“何がおかしいのか”といわんばかりに
「そんなメンドーなことはしないよ。代わり(の司書)は、掃いて捨てるほどいるんだからさぁ…」
私は、このエントリを『女工哀史』になぞらえて『司書哀史』というタイトルをつけようと思っていた。けれども、そのセリフを吐いた彼の表情から連想したのは明治の職人頭ではなく、より昔の「女衒」であった。
もはや、明治は遠くなったが、江戸以前に近づいているのかもしれないな…この国は。