武雄市の新・図書館構想が可視化した日本図書館協会の限界と司書の専門性

注)6月25日修正しました。最後の赤字の部分です。

迅速な、あまりに迅速な

かねてより話題の武雄市の新・図書館構想について、社団法人日本図書館協会から声明

武雄市の新・図書館構想について 社団法人日本図書館協会(2012-5-28)
http://www.jla.or.jp/demand/tabid/78/Default.aspx?itemid=1487

が発表されています・
 
社団法人日本図書館協会のあまりにすばやい対応に、正直おどろきました。
 過去、図書館の自由と委託の問題について、より重要かつ深刻な事例としては、「岡崎事件」があります。このブログ来訪者には言わずもがなの出来事ですが、公立図書館が一市民を逮捕させ、文字どおり「自由」を拘束せしめるとともに、委託先業者の「個人情報」が流出した、まさに図書館界の大伽藍をゆるがす一大事であったのですが…
 この事件について、日本図書館協会のとったアクションといえば…

岡崎市の図書館システムをめぐる事件について(日本図書館協会図書館の自由委員会)
http://www.jla.or.jp/portals/0/html/jiyu/okazaki201103.html

かなり時間が経過してからのこと。しかも「声明」は“日本図書館協会 図書館の自由委員会”によるもの。日本図書館協会の委員会のうちの一つが出されたものにすぎません。
 それに対し、今回の「声明」は、日本図書館協会の公式見解・声明ですから、明らかに格が違います。
 さて、その内容ですが

1 指定管理者制度導入の理由は何か
2 指定管理者制度導入の手続きについて
3 図書館サービスと「付属事業」について
4 安定的な労働環境
5 図書館利用の情報
6 図書館利用へのポイント付与

という構成になっています。
 正直1〜4までの項目については、
「またか!」
という印象をぬぐえないのですが、とりあえず読んでみようと思いました。

1 指定管理者制度導入の理由は何か

指定管理者に委ねることによって、図書館設置の目的が効果的に達成できることを示さなければなりません。図書館サービスと管理運営の現状を分析し、克服すべき課題を明確にし、その解決のためには指定管理者に委ねることが欠かせない、必要であることを明らかにすべきです。「骨子」には、"CCCが運営する書店のコンセプト及びノウハウを導入"とあり、「9つの市民価値」には"20万冊の知に出会える場所""蔦屋書店のノウハウを活用した品揃えやサービスの導入"と抽象的です。図書館サービスに直接言及した改善点が希薄であり、明確ではありません。

ふむふむ。この意見をハタから眺めると実にバカバカしいような気がします。
一言でいえば、
「目には目を、抽象的には抽象的を」
ということでしょうか。
 とりあえず、拘泥しても仕方ない、次行きましょう、次!

2 指定管理者制度導入の手続きについて

 指定管理者制度の導入についての行政手続き上の技術論ですね。まぁ、アドバルーンをあげてから議会で審議するのは、とりあえず民主的な手順を踏んでいるワケです。
むしろ、教育行政の見地からみれば、
憲法教育基本法>社会教育法>図書館法
という法的・行政的位置づけの中で、教育の平等・機会均等を図るための教育委員会制度について言及し、
教育委員会の軽視」
を指摘すべきだったでしょうね。

3 図書館サービスと「付属事業」について

 "重要な手段として展開する付属事業"を色濃く出すものとなっております。図書館の基本的サービスとは無関係のことであり、指定管理者制度導入の理由にはなりません。

 このあたりが、どう贔屓目に見ても説得力に欠けます。そもそも、指定管理者制度のねらいは「効率化」だけではなく、民間のノウハウを活用することにあるとされます。“指定管理者憎し”というお気持ちはわかりますが、そもそもこの点を日本図書館協会はまったくわかっていない、というより自分たちに都合のいいような解釈をしているのです。
民間企業が創る付加価値(value added)を活用するとの点について、例の市長さんは(言葉遣いはともかく)、実に
総務省に忠実”
であるといえます。
雑誌販売や文具販売についての意義とか妥当性については、次の「安定的な労働環境」の部分でふれましょう。

4 安定的な労働環境

 開館日・開館時間は現行の約1.6倍になるようです。そのために必要な人員も相当増加するものと思われますが、経費は現行1億4,500万円を1割削減できると説明されています。
当協会は指定管理者制度導入の実態調査から、経費削減により図書館で働く人たちの賃金等労働条件に安定性を欠く事態を招くことを問題点のひとつとして挙げてきました。安心して継続的に業務に専念できなくなる結果、司書の専門性の蓄積、一貫した方針のもとに継続して実施する所蔵資料のコレクション形成が困難になることの懸念です。利用者サービスの低下に繋がらないための労働環境が必要です。

 例によっての、労働問題ですか。
「指定管理者にすると労働条件が悪くなる」
とか、
「司書の専門性の蓄積が失われる」
というのは、正直聞き飽きましたけど、一応申し述べておきます。
 「指定管理者にすると労働条件が悪くなる」ということですが、これは直営の「官製ワーキングプア問題」、すなわち非正規職員の低賃金・低待遇の現状を無視しています。
 「司書の専門性の蓄積」についても同じ。直営職場において非正規職員に“雇い止め”が制度化され同一人が継続して一定の期間以上勤務=雇用できないという現状があります。
 図書館員の待遇は官民とも共通の課題であって、指定管理者に限定したトピックスではない。本当に日本図書館協会が、待遇問題と正面から対峙する気概があるならば、もっと以前から「雇い止め」「官製ワーキングプア」制度改善の『見解・要望』を出して主張すべきのこと。それくらいのことができないで、武雄という一自治体の指定管理者問題に固執するのは、所詮
“指定管理者反対のための反対”
がバレバレです。
 さて、先ほど出てきた“雑誌・文具販売”のこと。いまや美術館等では“ミュージアムショップ”が人気を呼び、来館者にも喜ばれています。
いまや地方自治体はいずれも財政は“火の車”状態。学生が学資かせぎにバイトするのと同様に、同様に“本来業務に支障をきたさない範囲での副業”は許されるべきです。まして、それが利用者にとっても歓迎されるものであれば、なおさらのことです。

5 図書館利用の情報

 本来この問題が一番の「論点」であったはずです。
これについては、他の識者の皆様方が各々まっとうな意見を述べておられますので、二つだけ…
『声明』では、例によって『図書館の自由に関する宣言』という自分たちだけのルールによる反対論を展開しています。これは“法治主義”から、かけ離れているだけでなく、傍目からすると
日本図書館協会という圧力団体が地方自治体の教育運営に口を出す”
構図になっています(まぁ、本人たちもそのつもりでやっているのでしょうが…)。これは地方自治の本旨とか独立性・自主自立性からいえば、いただけません。
 次は、言及(追及)すべきことがスッポリ抜けているということ。たとえば、「個人情報」の問題について、武雄の図書館が指定管理者に委ねられることで、指定管理者たるCCCは「市長」の監督責任下におかれます。その個人情報=図書館利用者個人情報は“指揮・保護・監督・管理など”の名目で、完璧に市長さんのコントロールにおかれるわけです。
 これが、民主的な地方自治の本旨の実現に危惧を感じ…ってそんなわけありませんよ。公職選挙法という、民主的な手続きをへて就任された市長さんですから…ね!

6 図書館利用へのポイント付与

このあたりの記述も、クビを傾げざるをえないのです。

図書館は他の施設と異なり収益が伴わないものであり、指定管理者の収入は専ら自治体からの委託料のみのはずです。

かなり意味不明。ポイントは「付与」するものであって「徴収」するものではありません。ポイントの付与は“指定管理者の収入”ではなく“もちだし=支出”になる、ということです。
世の中にタダより高いものはない、といいますが、“持ち出し”をする以上、受託者は何らかの“見返り”がなければ“うまみ”がないのです。その“見返り”に相当する部分が“利用情報”なのでしょうか。とすれば、図書館の利用が一部企業のみで活用される、ということでは、不法とはいえないものの「平等な行政」という観点で疑問符がつきます。

まとめ

 私は以前のエントリ

・CCCと武雄市図書館の提携を前向きに考えると、どうやら最強の貸出至上図書館ができそうだ。
http://d.hatena.ne.jp/hatekupo/20120511/1336744405

において、
Tカード、Tポイントの導入以外、目新しいものは特にない
と述べました。
が、それに対する日本図書館協会の見解もまた
「目新しいものは特にない」
ということでしたね。

おまけ

 冒頭の“蔦谷書店代官山店のノウハウ”についてです。
“ノウハウ”とは、“秘訣”とか“コツ”という言葉に置き換えられます。
 本来“ノウハウ”とは“手続き的知識”のことで、おもに製造業などで用いられる言葉のはずです。
 今回面白いのは、本来なら“テクニック”などで表現すべき“蔦谷書店代官山店”の経験とか知見を“ノウハウ”と表現していることです。
 まぁ、秘伝とかコツは、
おおよそ体系化されていない学習であり
個々人が体験とかキャリアの蓄積で会得する
概念です。それが「蔦谷書店代官山店」にはあって、公立図書館には存在しないといっているのに等しい、これは笑えます。
 そういえば、
「図書館員は本と人を相手にする仕事なため、本と人を知り、さらにはそれらに謙虚でなければならない。」
と、どこかで教えられた気がします。ここでの“図書館員”を“書店員”に置き換えても立派に通用します。
図書館司書が本当に
「本を知り人を知り本と人とを結びつける」
能力を会得していたとなれば、「司書」の資格者は書店でも、求人や待遇の面で“優遇”され、力を発揮したとしても当然でありましょう。
結局、「図書館員の専門性」よりも「書店のノウハウ」が優越した、という武雄市長による選択の問題でしょう。いいか悪いか別として…