職業人(学校司書)にとって、“ただ一度だけ”の“一人だけの卒業証書授与式”

3月とは思えない、寒い日々が続いております。気候とはおかまいなしで年中行事とか通過儀礼はやってきます。先日は全県下で公立高等学校の卒業証書授与式*1が行われました。そんなワケで今日は学校図書館勤務の話をお一つ…

二つの出身高校をもつ男。

先日職場の同僚に
「出身(高)校どこ?」
と、たずねられ、うっかりかつての勤務校の名称を口にしてしまいました。
よく考えれば、私が「在学」していたのは、全日制普通科3年間にすぎないのに対し、職業人=学校司書としての勤務歴は5年くらいでしたから、そっちの方が愛着あって当たり前というもの。その証拠に「母校」の校歌はすっかり忘れたけど「元勤務校」の校歌はコーダまで歌えます(もっとも、「経年劣化」という要素が強いか?)。
そんなワケで卒業生は送り出してきたものの、“本来の卒業式”そのものにはご縁がありませんでした。「学校司書」以前に「行政職」である私の場合は、卒業式の当日は駐車場整理ばかりやっておりました。
「一度くらいは(自分も)列席してみたかったなぁ…」
と回想するうち、私も在職中、
“ただ一度だけ”
卒業証書授与式に出席したことを思い出しました。それは
“たった一人だけの卒業証書授与式”
でもありました。

学校図書館コミューン

おそらく「良心的な教職員」にとっては苦々しく思われたかもしれませんが…
私は自分の学校図書館に一定のルールをつくっていました。それは、
「優等生であってもそうでない生徒も、図書室では一切平等!」
ということ。学校内の成績とか生徒会役員とか部活の表彰歴とか、一切おかまいなし。無論「ワケアリ生徒」「コマッタ諸君」も例外ではない、ということで、やれ「赤点」とか「喫煙や無断バイトで停学」したこともここ図書室では全然「おかまいなし」ということです。加えて元来天邪鬼である私は「優等生」よりも、その対極の生徒の方が、キャラ的に断然面白く可愛かったものだから、校内に一種の特別区をつくりあげてしまったようなものです(もちろん、「優等生」も利用してもらったが…)。

「卒業式出席見込ナシ」

さて、その「チョイ悪生徒」の中に、彼がいたのです。彼は喫煙とか「無断免許」「無断バイト」で停学処分期間が長く、また見かけによらず虚弱の体質があり、出席日数が足りず、一部科目で単位の取得が危ぶまれておりました。
もちろん、担任はもとより学年教師全員が総動員・躍起になって、補習を行い、出席時間数のクリアを目指していました。しかし、「時間の壁」というものは覆るべきもなく、2月下旬に
「卒業証書授与式までに単位取得見込みなし」
の判定。つまり卒業式当日出席できないことを意味します。

なぜ俺様に「破魔矢」が…

本人の落ち込みは激しいものでした。まぁ、当然捨て鉢になる、ふてくされる、というのは仕方がないとしても、
「もう卒業(証書)はいらない」
と言い出します。
周囲の説得にも耳を貸さないし、かつてあれほど仲のよかったクラスメイト悪ガキ衆とも
「お前ら卒業できるからいいけどよ〜」
と、距離をおきはじめる始末です。
その結果として、担任教員と“悪ガキ@クラスメイト(ただし本人を除く)”共同謀議のすえ、説得の切り札として、白羽の矢、いや破魔矢が私のところに飛んでくるとは思いませんでした。寝耳に水の出来事です。

彼への手紙

「何か(彼に手紙を)書いてやってもらえませんか?」
悪ガキの代表者が“らしくない”礼儀正しさで紙とペンを突きだしました。
一瞬のためらいのあと、
「口外するなよ」
と、念を押してから、だいたい下記のような「手紙」を書きました。

親愛なる3年4組の××君へ
私も本校に赴任して4年になるが、今の3年生はすばらしい。特に4組の諸君は抜群だ。卒業してもう会えなくなるのは、正直なところ、実にさびしいと思っていた。
そんなとき、君の卒業延期について聞いた。君にとってはアンラッキーだけれども、私にとってはラッキーそのものだ。別れの淋しさがまぎれるというものだ。
「卒業式」が終わってからも、君が図書室に遊びにきてくれることを待っている。

代表者は破顔し、うなづき、
「さっそくヤツに持っていきます!」
その次の日から
「ゆっくりしろよ。がんばりすぎるなよ。楽しくやろうぜ。」
私が引き留めようとすれば、するほど
「冗談じゃね〜や、サッサとこの学校とも先生とも絶対オサラバだ」
という会話のヘビーローテーション

“一人だけの卒業証書授与式”

「卒業式」が終了して2週間後の職員室。

  • 学年主任「…というわけで“卒業保留”の生徒Aにあっては、挫けることなる真摯な態度で補習に臨み、所定の日数を修了したと認められます」
  • 教務主任「ただいまの報告に異議はありません。生徒Aは全科目修了と認められます」
  • 学校長「生徒Aの単位を認定いたします」
  • 教頭「それでは、明日午後2時から特別会議室で“卒業証書授与式”を執り行います。なるべく多くの先生方のご出席をお願いします」

翌日“一人だけの卒業証書授与式”が行われました。礼服に白手袋の校長先生と教頭先生。人数は一人だけれど、紛れなくそれは“卒業証書授与式”でありました。

万感のハイタッチ

証書を受け取り「退室」する彼を、列席した先生方が思い思い激励やねぎらいの言葉をかけ、握手をしたり肩を叩いたりして見送ります。ほどなく、彼が私の前に来ました。それまでは「贈る言葉」を考えたりしていたのだけれども、実際に彼の前に立つと何も言葉が出なくなってしまいました。それは彼も同じだったらしいようで、じっとこちらを見ているまま…
私は「言葉」を捨てました。かわりに黙って両掌を相手の目の高さまでもっていきました。彼はすぐにこちらの意思をくみ取ったらしく、同じような行動を…ハイタッチ!
そして、彼は卒業していきました。

蛇足・後日談

3年後、秋。
地方都市の夜は早く、21時すぎなのに人通りもまばらな駅に降り立ちました。日本図書館協会研修の帰りです。
なにやらおっかなそうなオニーサン数人がたむろっていて、さすがに怖かったので足早にその場を去ろうとしましたが、彼らに行く手を阻まれました。
“これが、オヤジ狩りか?”
と、ビックリしたら、なぜか彼らが妙に礼儀正しく挨拶をしてきたことで、またまたビックリ!
例の連中でした。
恐怖のあとの安堵感で忘れていましたが、私はかれらに
「卒業したら社会人どおしだ。仲良くやろう。敬語なんか使いやがったら承知しねえぞ!」
と、言ってましたっけ。
でも、また、いつかまた会える。一生の親友だ。ハイタッチしよう!

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*1:巷では「卒業式」だが、なぜか校内ではこの名称でとおっている。理由はよくわからんが、「葬式」と「告別式」のような言いまわしの問題なのでしょうか…